斎藤一人さんが埼玉講演のラストでこんな話をされてます。

 「20世紀はプロ意識があれば成功できたんです。21世紀は波動が変わりましたからプロ中のプロにならないと成功できなくなった。『プロ中のプロって何ですか?』って言ったら、自分がラーメン屋ならラーメン屋が見学に来るような店を作るんだって思えばいいんです、プロが視に来るんだっていう店。『じゃあプロ中のプロになる店を作るにはどうしたらいいんですか?』、一回しか言いませんよ、毎日『プロ中のプロだ!』って言ってればいいんです。嘘みたいだけど、プロ中のプロだって言ってればプロ中のプロになってくるんです。潰れてるラーメン屋のオヤジもプロなんです。プロじゃ潰れるんです。時代が変わるんです。時の流れが変わるの。そうするとプロ中のプロを目指せばいいの。プロ中のプロを目指してると毎日『俺は富士山のてっぺんに登るぞ』と思えば何故か富士山に登る機会が来るんです。偶然富士山に登った奴はいません。『散歩してたら富士山の上でした』(という人は)いません。やっぱり富士山に登るには、『靴は何がいいだろう?』、『何日掛かるだろう』、『お金は幾ら掛かるんだ?』、でだんだん分かるし、富士山登る奴も出てくるし、必ず言ってるとそういう奴が出てくるんです。で難しくないんです。『プロ中のプロを目指さないとプロになるにも難しいし、プロ中のプロはもっと大変なの?』そうじゃないの、プロ中のプロを目指さないから苦労するの。で、プロ中のプロを目指して歩きだすと、『そこで出会う人』、『そこで起きる人生』、『そこに起きるドラマ』があるわけだよ。本当は楽しくて面白いの! 今はプロなんか目指してたら食えないよ。どうせ目指すならプロ中のプロなの。分かる? 俺は講演が仕事じゃないんだよ。講演が仕事じゃなくったって、やるとなったらプロ中のプロなの。そこを目指して行くの!」

 これを聴いて自分のことを思い出してしまいました。十代の頃から、「東京で何か商売がしたい」といった漠然な思いと、「青山、麻布辺りの土地にいつかは縁を持ちたい」という希望を抱え18歳で上京。その思いはどうしようもないアリ地獄的なワーキングプア生活が長年と続く中でもその無謀な希望はひそかに抱き続けて過ごしてきました。

 何か拘った店を開いてみたいという思いから、当時は何から何まで拘り抜いた珈琲の自家焙煎豆の挽売店を出してみたいと占い師に相談してみるもことごとくダメ出し喰らいその道を断念。その後冷静に考えてみて断念して正解でした。そして金も仕事も無く人生終わりを感じた2009年、ジプシーが縁となったか突然ふと、「占い師を募集し時間貸しのレンタルルームを借りて占いサロンを始めてみたらもしかして」という拘りもない軽~い思いつき。レンタルルームでの運営を3年くらい続けた2012年、部屋を丸々借りられる場所を探し求めてジプシーした後に辿り着いたのがたまたま現在の南麻布だったのです。

 事業計画を立てて起業したわけでもなければ、希望立地を狙って探し当てた場所であるというわけでもありませんでした。思い続けたことが縁に繋がったのか、それとも縁が思い続けさせたんでしょうかね。

 「ラーメン屋ならラーメン屋が視に来るような店に」と同様に、占いの世界でも私みたいな同業や占い師が相談に通ってくるくらいでないと占い師を本職として生涯食べ続けて行くのは難しい世界であることは確かかもしれません。私が多くの占い師を見てきた中、長年本業としてる占い師とバイト的にしか働けない占い師とでは考え方の姿勢が違う。その違いっていうのも、もしかしたら「プロ中のプロになる」っていう気持ちの違いからくるのだろうか?

 一昔前とは違いかなり底上げされてきた感のある占い業界。生半可な実力では対面の館に籍を置くことは難しい現在、完全個室の占いサロンに籍を置いたり口コミで個人運営する占い師となってずっと食べ続けられる人などスポーツ・芸能の世界と同じくほんの一握りの世界。そんな世界で占いを糧に自分を活かして行きたい全ての方にこのカテゴリーがひとつの参考になって頂けましたら幸いであります。。と、今日は「プロ中のプロ」になったつもりになって綴ってみたのでありました(;´Д`A ```

 40:50~





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